慾(よく)

展覧会

近影の幽霊

佐藤慈

会期
2026年8月7日(金)–8月30日(日) 13:00–20:00
開廊日
8月7日(金)/8日(土)/9日(日)/14日(金)/15日(土)/16日(日)/21日(金)/22日(土)/23日(日)/28日(金)/29日(土)/30日(日)
会場
遺失物係
※ご予約いただいた方にのみ住所をご案内します

個展ステートメント

戦争から生まれた技術で生活を支えられ、その生活を新たな戦争によって揺るがされながら、1秒前の子供にはもう二度と会えない喪失感と折り合いをつけて、なんとか生き延びている。

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びちゃびちゃの細すぎる髪が乾いてきたこと、眠った顔がいろんな人に似ていたこと、黒すぎる瞳で見つめられたこと、小さすぎる手がごみばかり握りしめていたこと。白い肌着だって浮いてしまって似合わないくらい、文明の外の生き物だった、その3年後には、好きな色を自分で手に取っていたこと、髪が肩くらいの長さになって、風が吹くとぱらぱらふわふわ揺れたこと。華美なプラスチックの髪留めで結うと喜んだこと。この子は確かに人間のようだと思った。

どんなに目を見張っていても過ぎ去った時間は戻らない。その痛みが耐え難いために、子供とともに生きる時間が常に完璧ではいられない原因を外部に求めた。そうするには十分な理由が日常を覆っていた。

震災後の自粛ムードから子供の誕生をひけらかせなかったこと、お金がないからクリスマスに中古のおもちゃを買い与えたこと、コロナ禍を理由にあまり外で遊ばせなかったこと、ひとり親家庭だから毎日せわしないこと。

戦争の気配を異様に近く感じては、生活のままならなさの原因を見いだすこと。ナフサが不足して、ラップが値上がりし、購入をためらうようになったこと。

皿に盛った菓子、調理された食品、足の早い野菜、すぐ乾くケーキ、ラップをかける、冷蔵庫に保存する、なくすまでの時間に猶予が与えられ少しだけ安心する。

子供の服を捨てられないこと、子供の写真をすぐ撮ってしまうこと、子供が作ったものばかりの段ボールで和室を埋めてしまうこと、しかしいずれも霧をつかむようなことばかりで、健康診断のたびに子供は大きくなっているし、視力は下がっているし、すぐ虫歯になる。昨日はなかったにきびを作る。自分で爪を切る、小さくなった靴は捨てる。給食で私の知らないメニューを食べて帰ってくる。1日前の子供、1秒前の子供はもういない。

それでも、子供の残像に逐一ラップをかけて保存するようなささやかな抵抗を無数に重ね、なんとか生き延びることを日常と呼ぶ。

何かを生み出すとはどういうことなのか。外部に理由を求めずに何かを作れるのだろうか。そのことについて考えることは、いま、1秒ごとに子供が新しくなるのを見つめ続け、観測できるか試みることに似ている。

めちゃくちゃ高くなってきたラップをたくさん使用してむすめの顔を成形した。

人間は愚か。

佐藤慈

企画概要

Mew現代美術展プロジェクト「慾と痕」の第一段階として
連続個展企画「慾」を開催します。
本プロジェクトは、連続個展企画「慾」、総括グループ展企画「痕」、
記録集企画『Mew第2号:〈慾と痕〉記録集』の三段階で構成されます。

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慾と痕

AIと戦争が、生活と制作の条件を作り変えていく時代を、私たちは生きている。

AIは、人間のように欲望しない。しかしそれは、人間の欲望の痕跡を読み取り、分類し、推定し、増幅し、最適化された応答の形式へと返送する装置である。その痕跡は、プロンプトや反応として外部化され、アルゴリズムや学習データを通じて、再び私たちの身体感覚へと送り返される。この回路において、欲望はもはや、個人の内面に閉じたものとして現れることはない。その過程で欲望は消滅するのではなく、かたちを変え、速度を増し、方向づけられる。ゆえに、生活と制作もまた、この回路の外部にあるとはいえない。そこでは、何を見るのか、何を選ぶのか、何をつくるのかをめぐる欲望そのものが、絶え間なく生成されていく。

戦争は、人間に内在する暴力性への欲望に根差している。ただし、その事実は、戦争を正当化する根拠にはならない。戦争とは、支配、安全、報復、信念といった動機を、制度、資本、技術、言葉といった媒介を通じて、集団化された暴力の形式へと編成する装置である。その作用は、遠い戦場だけにとどまらない。政治や経済、メディアを介して生活の細部へと入り込み、私たちの欲望にもまた、暴力の痕跡を確かに残していく。

欲望は、AIの回路では最適化された応答の形式へと返送され、戦争の回路では集団化された暴力の形式へと編成される。では、二つの回路が生活と制作の条件に避けがたく関わる現在、私たちは欲望をどのように扱い直すことができるのか。Mewによる現代美術展プロジェクト「慾と痕」は、欲望を単に肯定するものでも、否定するものでもない。AIが抱き得ない欲望、戦争が暴力へと編成してしまう欲望を、身体を通した感覚や記憶、情動に絡みつく執着として捉え直す。そしてその痕跡を、最適化にも暴力にも回収されない制作・展示・記録の形式へと組み替える試みである。

プロジェクトの第一段階である「遺失物係」における連続個展企画「慾」では、5名の作家が、それぞれの欲望のかたちや方向性、そして在り方を作品として提示する。連続個展という形式は、それらを一つの主題へ統合するのではなく、互いに異なる「慾」を、場の時間のなかに堆積させていく。ここでいう「慾」とは、単なる願望や快楽を指すものではない。悔恨、愛惜、変容、規範、抑圧に絡みつき、言語化される以前の感覚として作品に滲み出てしまう力である。それは、作家の内面をただ表明するものではなく、身体と環境との摩擦のなかで零れ落ち、持ち主を失って回収を待つ遺失物のように、展示空間へと差し出される。

プロジェクトの第二段階である「立川アートランド」における総括グループ展企画「痕」では、連続個展企画「慾」で提示された作品群から立ち上がった仮説、関係性、痕跡を再構成する。これは、連続個展の総集編でも、作品の単なる再展示でもない。個々の展示で提示された「慾」が、時間の経過、空間の移動、観客の記憶、そして作品同士の関係を経て、どのように変形し、何を失い、いかなる「痕」を残すのかを検証し、見極める場である。欲望はここで、起源として固定化されるのではなく、痕跡として読み替えられる。作品はそれぞれ、アートランドに仮設の地形をつくり出し、複数の痕跡が交差し、互いに干渉し合う場を構成する。

プロジェクトの第三段階である記録集企画『Mew第2号:〈慾と痕〉記録集』では、一連の展覧会企画の記録を収録し、編集する。『Mew創刊号:〈故郷探索ツアー〉記録集』では、故郷を、自我を形成する記憶や発想の原風景として捉え、その多重の在り方を探究した。本号ではその問いを、欲望と痕跡、そして展示における共有可能性/不可能性をめぐる問いへと移し替える。記録集は、連続個展と総括グループ展をアーカイブするためだけの媒体ではなく、一連の展示を経て残された作品、言葉、関係の断片を編み直し、創刊号から続く問いを別の角度から読み直すための媒体となる。

「慾と痕」は、欲望を単純化せず、痕跡を固定化しない。むしろ、それらを不安定な関係のまま配置し直すことで、いま、制作・展示・記録に何が可能なのかを問い直す。仮に平和があるのだとすれば、それは欲望や痕跡を消し去った後にあるのではない。実存と歴史を引き受け、仮固定を繰り返しながら、別の共有可能な形式へと組み替える実践のなかにしか存在し得ないのである。

栗原蓮

慾と痕 プロジェクト一覧

1. 連続個展企画「慾」

会期:2026年7月–11月
会場:遺失物係 東京都杉並区荻窪/西荻窪駅から徒歩15分
入場料:各¥500
キュレーション:栗原蓮
作家:栗原蓮、佐藤慈、佐藤清、冨田粥、三上悠里
グラフィックデザイン:三上悠里
Webエンジニアリング:栗原蓮
主催:Mew
お問い合わせ:info@artistcollectivemew.com

2. 総括グループ展企画「痕」

会期:2026年12月
会場:立川アートランド 〒188-0013 東京都立川市錦町六丁目9-8
入場料:¥1,000
キュレーション:栗原蓮
作家:栗原蓮、佐藤慈、佐藤清、冨田粥、三上悠里
グラフィックデザイン:三上悠里
Webエンジニアリング:栗原蓮
主催:Mew
お問い合わせ:info@artistcollectivemew.com

3. 記録集企画『Mew第2号:〈慾と痕〉記録集』

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